―「減災」とは防災と同じことで災害を防ぐことには変わりはありませんが、災害そのものに対峙して防ぐことよりも、そこに住む人自身が家族が何とか助かる。被害を最大限食い止め、できる限り被害を最小限に留めること。それが減災なのです。―
○今回のポイント 1 日頃の動線を簡素化するなどの意識が災害予防に繋がる
○今回のポイント 2 万が一の場合を想定し、逃げる手段や場所を把握することが大切
減災とは災害に巻き込まれないために普段の生活から気に掛ける
減災は、先ずはそれぞれの家の中で家族一人一人が災害に巻き込まれないようにすることで、さらに速やかに逃げることが第一なのです。もちろん未然に住まいの弱点を見つけ構造補強をしたり、日ごろから避難ルートを学習し、家族との連絡を密にするシミュレーションをすることなのです。が、高齢でひとり暮らしも多い昨今できれば同じマンションの住民、さらには近隣、そして家族各自の勤め先や学校などとも日ごろから連絡手段を確保することも大事なのです。
しかし案外、いざその災害に遭遇するとどなたもそれができないのです。そこで、今日から、住む人自身はもとより家族同士や近隣で話し合うことから始めるのです。するとわが家の玄関、あるいは勝手口までの間にいかに危険な家具や冷蔵庫などの家電が多いことが分かり、それらが行く手を防いだリ火災を引き起こすかもしれないのです。さらに家の外に出ても危ないブロック塀や空家などが見えて来ます。行く手にはガソリンスタンドや歩道橋や橋などがあり、それらが崩壊して渡れなくなるかも知れません。近くに川があればそこから水が溢れ出して来るかも知れないのです。
まさしく減災は「想像力」なのです。あまり悪いことばかり考えて萎縮することもいけませんが、わが家族わが身を守る為と考えればそんな想像も必要なのです。
とにかく逃げるしかないあの大津波の恐ろしさは3.11東日本で身を染みて実感したことですが・・・、実は11月5日が「津波防災の日」であることはあまり知られていません。150年以上も前の嘉永7年(1854年)11.5紀伊半島を襲った安政南海地震の大津波で、収穫されたばかりの稲穂に火を放ち暗闇の中で高台に村民を導いた「稲村の火」の逸話から総務省が制定した日なのです。
確かに今も巨大地震の可能性は首都圏をはじめ東南海トラフ沿いの関西方面の人口密集地に巨大津波が襲う可能性があるのです。しかもそれが真夜中かも知れません。その時灯りをどう確保し、どこにどう逃げるか?です。3.11での釜石の小中学生の自主避難の勇断は記憶に新しいことですが、石碑には「100回逃げて100回来なくても101回目も逃げる」と記されていることに感動です。
参照(外部サイト):内閣府「津波避難3原則」ホームページ
<仙石線の高架で止まった家(塩竃市)(撮影:天野彰)>
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